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茶游堂の想い

「漫画で見る」茶游堂が抹茶スイーツの先駆者たる由縁

「漫画で見る」茶游堂が抹茶スイーツの先駆者たる由縁

宇治抹茶スイーツの誕生の歴史は、"林屋和成"から始まった。

新しい時代へ

新しい時代へ

お茶(煎茶・玄米茶等の緑茶)は急須で淹れて飲むものと決まっていた昭和60年頃のことです。

急須に入れる茶葉の量、お湯の温度で風味にかなりの差が出てしまい、また淹れる度にも風味に差がでてしまう、とても繊細な飲料であるお茶。
そのため、茶製造元がいくら頑張って美味しいお茶を作り販売しても、お茶を淹れる人の技量によって美味しくもなり、まずくもなる。

『お茶を美味しく淹れて飲まれている方が、はたしてどれくらい居られるのか?』

そのようなことを思いながらお茶を販売していたときに、お茶の缶ドリンクが新発売されました。
そのとき「簡単、便利でいつでもどこでも同じ味で飲めるお茶が、自販機で販売されたらライフスタイルでのお茶の在り方が変わる」と、大きな時代の変化だと危機感を感じました。

当時、お茶屋の多くは「こんなものは本当に美味しいお茶ではない」と普及に懐疑的でした。
しかし実際には短期間で販売本数をどんどん増やし、種類も豊富になりました。
そのことからお茶の缶ドリンクは消費者に受け入れられたと認識せざるを得ませんでした。

抹茶スイーツの誕生

林屋和成

そこで当時、京都のとあるお茶屋で勤務していた茶游堂当主・林屋和成は、別の形でお茶の美味しさを追求して、お茶屋も美味しいと納得するような商品を作り出すことを決意。

京都宇治のお茶屋として初めてと言える「抹茶スイーツ」の製造部門を立ち上げ、「お茶の美味しさを最大限に引き出し、皆が同じように味わえる抹茶スイーツ」を生み出しました。

宇治茶文化の未来を守るために。

それは今のように、抹茶スイーツが当たり前のものとして存在するなんて想像もできない時代。販売し始めた頃は、親交の深い宇治のお茶屋に「お茶屋はお茶だけ売っていれば良いのに」と言われるような、そんな時代でした。

 

茶游堂の抹茶スイーツは「抹茶」が違います。

茶游堂と抹茶スイーツ

茶游堂と抹茶スイーツ
京銘茶・茶游堂の抹茶スイーツは、多くの人が幼い頃から一度は食べたことのあるお菓子を抹茶スイーツに変えることで、宇治茶を「これからも、より身近で親しみやすいものに」との想いを込めてお作りしております。
抹茶トリュフチョコレートをはじめ、抹茶バームクーヘン、抹茶パウンドケーキ、抹茶ロールケーキなど、宇治のお茶屋として最初に世に送り出したのは、京銘茶・茶游堂当主。
その中でも「濃茶ロールケーキ」は2006年発売以来、雑誌やテレビでも宇治茶舗のスイーツというだけでなく、「濃茶」という古からの宇治茶の文化、歴史背景とともに多くご紹介いただきました。
今では宇治茶というだけの表現であったペットボトルなどの様々な商品に、「濃い」という質への認識もされてまいりました。
これも私共、茶游堂が濃茶ロールケーキを世にいち早く送り出した結果だと自負しております。

 

茶游堂が抹茶スイーツの先駆者たる由縁

茶游堂が抹茶スイーツの先駆者たる由縁

現在、抹茶を使用したお菓子は飽和状態で、大手メーカーも参入して、全く本来のお茶ではない味のする、着色料や香料を使用した抹茶スイーツも販売されだしてきました。

京銘茶・茶游堂は、抹茶のスイーツが売れるから販売するのではなく、「お茶の美味しさをスイーツに乗せて未来に残す」ために、お菓子屋感覚ではなく「お茶屋感覚」で、しっかりと新鮮なお茶の風味を感じていただける商品作りをしております。

「宇治のお茶の風味を後世にスイーツの形で残す」というコンセプトで作られた茶游堂の抹茶スイーツは、言うなれば「食べるお茶」。
お茶屋が本気で作るスイーツ、千年の歴史をもつ宇治茶同様に不変不滅の「ほんまもん」をご提供するため日々精進しております。

 

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